夫婦の相互努力なくして、心からの幸せな日々は迎えられないんじゃないだろうか

老夫婦の写真

結婚する前、おめでとうとたくさんの祝福の言葉をもらいつつ、「内緒のお金を確保しときや!(使えるお金が減るから隠しとけよ!の意味)」とか、「墓場ですよ(自由なくなるで!の意味)」とか、そう言った言葉もたくさんもらいました。

特段その言葉自体は気にしませんでしたが、それだけ独身の時よりも、自由が減って使えるお金が減って…みたいに感じている人もいるということなのでしょう。

 

実際のところ結婚生活を始めてみると、自慢のようでアレですが、こんなにも毎日が面白くて楽しい日々だとは思いもよりませんでした。

夫婦の背中

結婚してから約3年、妻と2人の生活でも十分に楽しかったのですが、我が家に男の子が来てくれました。

ニョロ助の誕生です。

赤ちゃんの足

それから家族3人生活が始まったと思うと、あっという間に早2年。

初めての育児に、僕の仕事の転職にと、ドタバタの毎日を過ごしています。

でも、育児を含め家族を養っていくことは大変なことが多いのは確かですが、家族で過ごせる毎日がこんなにも幸せで、到底言葉では言い表せられないぐらいのもので、全く自分の想像していた範ちゅうを超えていたことは、声を大にして伝えたいです。

そんなある日の夫婦のことがらを含めた、Happyな毎日を過ごすために実践していることを考えてみました。

思うのは、何も考えず自由にやってこんな幸せの日々になったというよりも、夫婦の相互努力の上に成り立っているということです。

「思い描いていた通りの家庭を築けているわ」という妻の価値観と、想像できなかった僕の価値観

僕の日課は、仕事が終わったらどこにも寄り道せずに一目散に家に帰ることです。

急いで帰れば子供とのご飯に間にあうので、わき目もふらず帰り道を急ぎます。

家に帰ったのもつかの間、ダッシュで着替えてテーブルに座り、妻と子供と3人一緒のご飯がスタート。

基本夕飯は僕がニョロ助が食べるのをサポートします。

ご飯を食べ終わった後は、お風呂の前にキャッキャして子どもとの遊びタイムが始まり、その間に夕飯の洗い物をしてくれる妻。

僕が外で働いていて、妻が専業主婦だからというのもありますが、こんな感じで夜の育児面は僕が担当し、基本的な家事は妻がしてくれています。

そうは言っても妻は昼間はニョロ助と2人のため、なかなか家事が進まないことも多いです。

なので、その分僕が帰宅してからはニョロ助の集中を妻の方向に向かせないようにして、家事の邪魔をしないことが僕の役目でもあります。

 

こんな感じで毎日慌ただしいわけですが、何不自由なく住む家があり、毎日家族一緒に晩ご飯が食べられて、お風呂も一緒に入ることができて、サラリーマンとして外で働きながらも子供と接する時間が持てる。

これってめちゃくちゃ幸せだよなと思いました。

そもそも初めからこの生活を理想としてたわけでもないし、今気付いたらこんな幸せな毎日になっていたというのが素直な感想です。

そしてそう思った気持ちを妻にふと言ってみました。

Non太
結婚して子どもが出来て家族3人で暮らす生活が、こんなにも幸せやとは想像出来ひんかったね。
ん~そうだね。でも、私はずっと昔から思い描いてたから、それが実現していってるって感じで驚きはないかな。実際に実現していけてるのはすごい嬉しいけど

という返事が返ってきまいた。

想像するのが難しかった僕とは対照的に、妻は初めからこの家庭像を思い描いていたと。

なんか面白いですよね。

お互いの価値観や捉え方が全然違う2人でも、共感しあえるんです。

スポンサーリンク

日々の努力なくして、お互いに幸せだと感じられる生活は得られない

子どもも問題なくスクスクと成長してくれていて、家族で不自由なく過ごせてHappyな日々。

とは言え、たまたまラッキーだったねぇと簡単に片付けられるほど、安易なものではないかもしれません。

僕には僕から家族に対しての心がけが、妻には妻から家族に対しての心がけがあります。

行きつく先は、やはり相互努力がなければ、こんな日々は送れないということです。

例として、僕がどんな感じでやっているのかをご紹介します。

あくまで事例であって、自分がこれだけやっているとアピールしたいとかでは一切ないですし、推奨しているわけでもありません。

ましてや誰かに強制させたいがために書いているものでもありません。

睡眠不足当たり前、飲みに行かない当たり前、スマホを触らない当たり前生活

小さい子供がいる時は、何かにつけて子どもファーストな生活スタイルになります。

また経験するまで知らないことだらけでしたが、例えば子どもの夜中の寝相の悪さはすごかったりします。

我が家は母乳育児をしているので、夜中にお乳を欲しがった場合は、授乳を頑張ってもらわないといけません。

なので、出来る限り授乳以外の時間は寝てもらえるように、子どもと一緒のベッドで寝るのは僕の役目にしています。

ニョロ助が寝ぼけつつ寝返りをしようとしてる時、布団を巻き込んで出来ないことがあると、目が覚めてしまいギャーとなったりすることもしばしば。

こうなると妻を起こしてしまうので、それを事前に防ぐために、ニョロ助がちょっと動いた時にサッと布団をあげたり移動させたり、スムーズに寝返りができるように調整してあげたりします。

気付けば僕は、すぐ目がさめる体質というか習慣が出来上がってました。

とは言えこんなことをしているからか、こま切れ睡眠でほぼ毎日寝不足です。

 

次に飲み会。

会社の飲み会はもちろん、友達との遊びや飲みの誘いもまず行きません。

個人的な考えとしては、「相手にはできる環境があるけど自分にはその環境がない」という場合で、相手がその環境に甘んじて好き勝手やると、結果的に出来ない側の不満の蓄積につながると思っています。

我が家でいうと、ニョロ助が生まれるまで自由に自分の予定をスケジューリングしていたのに、子供が生まれた途端、朝から晩まで育児に奔走してくれている妻は自由に外に出られなくなっています。

でも、そこを僕が気にせず自由に友達と遊びに出かけたり飲みに行ったりしていると、なんで?と感じてしまうのは至極当然のことでしょう。

なんていったって2人の子供なんですから。

なので僕は、飲みに行ったり自由に遊びに出かけたりということはしません。

「我慢している」と言えばそう聞こえるかもしれませんか、家族で過ごす時間が一番大切な上に一番楽しいと思っているので、我慢とはまた違うものと言えます。

それで付き合い悪いなと離れていく友達であれば、それは仕方ないと割り切れるので、これも問題ありません。

 

そしてスマホ。

たまにLINEが来た時などにチラッと見ることはありますが、それも数秒数十秒だけで、家で子どもと隣に一緒にいる時にスマホをいじることはしません。

ネットサーフィンが大好きな僕なので、スマホも無意味に触るのは大好きですが、家に帰ったら触らないようにしています。

おかげで妻はもちろんニョロ助ともしっかり見つめあって話が出来ており、そのまっすぐな眼差しにキュンキュンする毎日です。

 

こういった生活が僕の当たり前になっています。

一言で言うなれば、自分がされたらイヤだろうなというものに関して、魔が差さず自制がきいた生活を送れているといったところです。

妻からも感じる、自分より相手を優先する気持ち

僕だけが考えて行動しているかというと、もちろんそんなわけはなく、妻からも僕や子供を優先して考えてくれているなぁということを色んな場面で感じます。

あったかいご飯を食べてほしいと用意してくれるのは、自分の分はさておきニョロ助と僕の分。

自分の好きなものはさておき、ニョロ助や僕の好きなものを優先しようとしてくれることもしばしばです。

授乳のために毎日夜中に起きることもグチらず、1人で自由に出かけられないことも気にせず、スマホをいじらないことも当然当たり前のようにやっています。

僕やニョロ助が喜んでる姿を見るのが幸せ、と言わんばかりの女神さまなわけです。

最初からすべてを当たり前に出来たわけじゃなく、少しずつ理解し習慣化していった

 

当たり前のようにつらつら書きましたが、やはりすべてがそういうわけじゃありません。

子どもが生まれるまで、こんなに自分の行動が制限されるとは思いもしませんでした。

自分の行動とは、特に家の中での行動のことです。

トイレに行っても、ドアを開けて入ってきます。ゆっくり気張ることもままなりません。

ドライヤーをしようと思っても、抱っこ~と言ってきます。髪の毛も半乾きです。

まだ眠たくてもう少し寝てたいと思っても、起きて~と起こされます。

 

最初の頃の僕は、せめてトイレぐらいは今までと同じでゆっくりしたい…と思ったり、「ちょっとトイレに来させないように見ててくれよ~」なんて言ってしまうこともありました。

が、それを言ったら反面教師が待っています。

妻も僕に対して、「ちゃんとリビングで見ててよ!」という気持ちになっていたことでしょう。(というか同じように言われたこともあります)

 

こういうやりとりは良い方向に向かわないことに気付いたので、それからは少しずつまずはその状況を楽しもうという意識になりました。

トイレに入ってくるならトイレ内での会話を楽しみ、ドライヤーをしてる時に抱っこを求めてきたら、抱っこしながら一緒にドライヤーをするのを楽しんだり。

自分のやりたいことはさておき、子どもがやりたいことがあるなら、それを一緒に楽しもう的な考えです。

それ以来、制限されようが邪魔されようが、僕が妻に対して何も言わなくなると、妻からも何か言ってくることは一切なくなりました。

最初は大変なこともありますが、こういった行動を習慣化させることができたなら、穏やかな日々はもうすぐこそまで来てると言えると思っています。

誰かのために尽くしたいと思え、それを実践できるのは幸せなこと|まとめ

自分自身が日々幸せに感じられていることは、夫婦の相互努力から来ているんじゃないかと思ったので、ちょっと振り返って考えてみました。

で、色々と考えてる中で思ったのは、妻や子どもが笑顔でいてくれることが僕にとっての一番の喜びであるということです。

誰かのために尽くしたいと思え、それを実践できることはホント幸せなことです。

 

世間では、好きなことは我慢せずに自由にやるのが良いという風潮がありますが、正直僕の中ではしっくりきていないところも多々あります。

好きなことを思いっきりやることは大切だとは思いますが、家族のことをないがしろにしてまでやることには意味を見出せません。

働く場所も学校も友人関係も、一つの社会です。

その社会の一番の土台になるはずの家族が、点でバラバラ自由に好きなことをし合っているだけの関係だと、どこか歯車がかみ合わないことが出てくるものです。

表面上は良い風に見えても、実は心のどこかに穏やかでいられない何かがあったり、信頼し合えないものがあったり。

 

イヤイヤながら育児に向き合うぐらいなら、自分の好きなことをやって生き生きした姿を見せた方が子供にとっても良い、みたいな意見もよく見ます。

それも一理あるのかもしれませんが、どうしてイヤイヤになってしまうのか?その原因をよく考えて、変えていく選択肢を僕は選びたいです。

 

仕事や人間関係がうまくいかなくてどうにもならない状況があるかもしれません。

ビジネスに力を注がないといけない大切な時期かもしれません。

それでも最大限一番に努力して向き合わないといけないのは、夫婦でありパートナーとの関係です。

 

慣れないことや普段と違うことの実践で、最初の内は我慢が先行したとしても習慣化されれば一発で状況は変化します。

夫婦お互いが幸せだねぇと言える家庭と、子どもの成長の魅力に魅了されたら、もうやみつきですよ。

こんなことを書きながら、ついつい僕も忘れてしまいそうになることがあるので、自戒も込めて書き綴ってみました。

まずは自分から発信で、夫婦で思いやる相互努力を一生続けていきたいと思います。

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

日本語が含まれない投稿はスルーされますのでご注意ください。(スパム対策)