「結婚生活がうまくいくためには?」の回答に多い「思いやり」について。深く考えて出たたった一つの答え

omoiyari

どうもNon太(@LoveWifeLives)です。

結婚生活がうまくいくための方法”とGoogleで検索してみると、それはそれはたくさんの記事が出てきます。

  • ペットを飼う
  • お互いに干渉しすぎない
  • 肉体関係のレスにならない
  • 自分の時間を適度に持つ
  • ケンカの時は感情的にならず話し合いを心がける

上記は一部抜粋しただけですが、これ以外にもたくさんのアドバイスが出てきます。

もちろん書かれていることは夫婦として結婚生活を続けていく上で大事なことでもあるし、心がけることでうまくいきやすいとも言えるでしょう。

そして多くの記事で目にするのは、結婚生活を続けていく上で大切なことは「思いやり」と書かれている記事。

相手への配慮を忘れない」、「思いやりの心を持って過ごすことが大切!」と言った風に。

これも間違いではなくその通りです。思いやりを持って相手に日々接することが出来れば、衝突なんてそうそう起こりませんよね。

みんな理解しているはずなんです。

「毎日働いて頑張ってくれている夫に、『いつもご苦労様』って言葉をかけるだけで少しは疲れが癒されてくれるかな」とか、

「いつも外に働きに出ながらも家の掃除もして料理も毎日作ってくれる妻に、『ありがとう』って感謝の気持ちを伝えよう」とか。

思いやりの心を持ってそれを言葉に表現する

こうすることで、自分の気持ちも相手の気持ちもスーッと軽くなるだろうなというのは、誰もが頭では理解しているはず。

それなのになぜか出来ない…。頭ではわかっているはずなのになぜかうまくいかない…。

こんな風に感じてる人がもの凄く多いことに気付きました。

かと言って簡単に明確に言葉にするには難しく、僕自身何日も何日も深く掘り下げて考えてみました。

一つずつ過去のことも含めて考えを掘り下げてみると、やっと自分の中である一つの答えが見つかったんです。

なので今回は、「頭ではわかっているのになぜか出来ないその原因」についてや、「その原因が分かれば、後はほんの少しの考え方で思いやりは持てるようになる」というお話し、そして僕が見つけた答えをお話ししたいと思います。

以下の記事は、自分が出来ているからみなさんもした方が良いよ!というような目線で書いた記事ではありません。

これからもずっと僕自身が心がけなきゃいけないと思っていること、そしてこの気持ちがどんどんと波及し、夫婦関係がうまくいってくれることを願って書いた記事です。

かなりの長文となってますが、ぜひ素直に読んでもらえれば嬉しいです。

スポンサーリンク

まずは両親の存在について話しをしておこう

kazoku

思いやりに関する話しの前に、まずは大切なことをお話ししておきたいと思います。

何でこんな話し?と思うかもしれませんが、後で繋がってくるのでぜひ読みすすめてください。

あなたがこの世にいるということは、必ず両親が存在する

まず前提として、あなたがこの世に生を受けたということは、必ず両親が存在しているということです。

自分には両親はいないと思っている人がいるかもしれません。

両親の身勝手な「育てられないから」といった育児放棄で、施設で育ったような人もいるかもしれません。

それでもどんな人にも産みの親も育ての親も必ずいるはずです。

生まれてから大人へと成長する過程で、誰からの世話も受けずに生き延びることは出来ませんから。

今現在両親がこの世にいるかどうかは別にしても、あなたがこの世に生を授かったということは両親が必ず存在しています。

子供は親の背中を見て育つ

子供が言葉を話すようになるのも、始まりは親が話しているのを聞いてそれを真似するからですよね。

自分の変な歩き方のクセがあったとしても、子供はそういうのも真似しちゃんうだそうです。(僕はまだ子供がいないので、聞いた話しでしか言えませんが)

子どもはいつも親のことを見ています。

そしてちゃんと理解するまでには時間がかかりますが、やがて子供は大きくなっていくにつれて気付きます。

生まれた時から親の愛情いっぱいに育てられていたことに

親の幸せよりも子供である自分の幸せのためにずっと頑張ってきてくれていたことに

一度落ち着いて振り返ってみればわかるはずです。

毎日お風呂が沸いていたのも、毎日洗いたての服が用意されていたのも、毎日ご飯が食べられていたのも、そもそもそんな生活をするためのお金があったのも、全て親がやってくれていたからこそ存在した当たり前ですよね。

当たり前のことを子供心に気付くことは難しいかもしれませんが、大人になるにつれて気付けるものです。

そうやって子供は親の背中を見ながら成長していきます。

親の子供への愛は全てを包む

子供は正直です。思ったことはすぐ口にするし、嫌いなものは嫌いと言います。

そう言いつつも学校や友達の前では、子供ながらに我慢したり何かを譲ってあげたり、子供ながらの純粋さで相手のことを想って優しい一面を見せてくれることもあると思います。

このようなことは、社会で生きていくことを経験する始まりでもあるので大切なことです。

でも、ひとたび親の前になると、我慢することを忘れてワガママをたくさん言って困らせたり、栄養のことを考えて作ってくれている料理も嫌いだからと言って毎回残してしまったり。

さらには子供の正直さが裏目に出て、心無い一言で傷付いてしまうこともあるでしょう。

僕も昔、たくさんの罵声や暴言を親にはいたことがあります。

「こんな家には帰ってきたくないし!」

「もっと好きな料理を出してくれや!」

「オカンが洗濯したらいつも服が伸びるんやけど!もっとちゃんと洗ってくれよ!」

…思い返しただけで、ひどく傷付けただろうなって今になれば分かります。

思春期になると、自分本位なことをしてもどれだけ親を傷つけても、それを全て正当化していいかのような錯覚に陥る「反抗期」という言葉の武器を手に入れる人もいますしね。

そうやってどんどん自分本位の行動を取ることが増えていき、親の前ではそんな態度でいることが当たり前になっていきます。

子供は正直だからこそ、親には自分本位な一面を見せることが多いと思うんです。

でも…

それでも親というのは子供を見放さないんです。

「こんな家に帰って来たくない!」と言った時、「じゃあ出ていきなさい!」と言葉では言っても、また次の日の朝にはいつものように朝ごはんを用意してくれて、学校に行く時には「行ってらっしゃい」と見送ってくれます。

落ち着いた気持ちで振り返ってみると、親の愛というのは、子供の全てを受け止めて包み込んでくれていたものだということがわかると思います。

このように親から子供への愛情はこういうものだということを心で学び、理解し、自分に子供が出来た時には同じように愛情を注げるわけなんです。

親と子供の話しで伝えたかった3つのこと

思いやりの話しのはずが、なぜこんな親と子供の話しをしてきたかをまずはまとめたいと思います。

自分自身が大人になり独り立ちすることで、親がいつもやってくれていた当たり前に気付き、やっとたくさんの愛情を注いで育ててくれたことにも気付きます。

まず大切なことは、

生まれてからずっと注がれている愛情に気付くまでに、25年ぐらいかかったということ。(あくまで僕の場合)

当たり前のことを意識せずに生きていると、気付くためにはものすごい時間がかかるか、人生にかなりの影響を起こすような大変な出来事が起きないとなかなか気付けないんです。

僕で言う25年は遅い方かもしれなくてもっと早くに気付く人もいれば、なんとなくぼんやり分かっているだけの人もいるでしょうし、全く気付けない人もたくさんいます。

僕は深く深く考えてやっと今文章にすることが出来てますが、こうやって考えるより以前から親への感謝の気持は持っているつもりでした。

でも言葉ではうまく表現できなかったし、言葉にするなら「まぁ親がいるから今の自分がいるし、育ててもらって感謝してる」なんて漠然とした言葉でしか表現できなかった気がします。

そして次に大切なのは、親の愛情が全て包み込んでくれたので、多少のワガママどころか行き過ぎたワガママでも、家族や近い存在の人には問題ないと無意識に思ってしまっていることがあります。

僕自身が過去にこんな風に思っていたか?と聞かれると正直分かりません。

でも今の気持ちになる前の頃は、知らず知らずにそんな無意識の意識があったかもしれないなとは思います。

これが伝えたかった二つめ。

そしてもう一つ大切なこと、それは親からもらえるたくさんの愛情に甘えて、いつしか自分本位の考え方や行動を取ることが習慣になってしまっていること。

たくさん傷付けているにも関わらず、それでも優しく笑っていてくれた親の存在から、特に家族に向けては自分本位な考えや行動が当たり前になっているわけです。

まとめると3つのこととは、

  • 当たり前すぎることには、人はどうしてもなかなか気付くことが出来ないこと
  • 家族にはどれだけ自分本位な行動を取っても許されると”無意識で”思ってしまっていること
  • 自分本位な考え方や行動そのものが、実は自分の習慣になっていること

という3つです。

親からたくさんたくさん愛情を注がれることでいつかその偉大さに気付かされるとともに、その一方で知らず知らずの内に「家族なんだから」という意識が潜在的にひそむ可能性があるんです。

これこそが、夫婦関係における「思いやり」が頭では分かっているはずなのに、なぜか出来ない根本的な原因になっているということです。

これを詳しくお話しします。

スポンサーリンク

頭では理解できるのに出来ないなぜ?

繰り返しになりますが、とにかく大切なことなので先ほどの3つのことについて再度お話ししていきます。

当たり前は意識しないと気付くまでに時間がかかる

当たり前だと思ってたことは、ホントは当たり前じゃなかった…。

これはたくさんの人が生きているだけで色んな場面で痛感してきたことでしょうし、色んなところでもよく例えられますね。

簡単な例で言うと、病気になって初めて、健康でいられることがどれだけありがたいことであるか気付くみたいな。

僕は親がずっと何も言わずにやってきてくれた当たり前に気付くのに25年近くかかりました。

記憶は定かではないですが、高校生ぐらいから頭では理解してたと思います。「親がいないと困る」って。

でもそれをちゃんと理解して、心からの想いを持てるまでに25年ぐらいかかってしまったということです。

もう一つ例を出すとあまりいい例えではないかもしれませんが、自分の親が亡くなった時。

普通だったら、自分の身近な人が死ぬなんてあまり想像も出来ないでしょう。

自分の親が死ぬというあまりにも衝撃的な出来事が起こり、いつも当たり前にしてくれていたことが当たり前じゃなかったと人は気付けたりしますね。

どちらにしても、当たり前の出来事は意識しておかないと、気付くことに時間がかかってしまうんです。

無意識レベルで自己都合的に考えてしまう家族の愛

僕は3兄弟で兄と姉がいる末っ子。当時は一番ワガママだったし一番甘やかされていたらしいです。

そして一番の問題児だった思いますが、一つ僕が中学生の頃の話しをしたいと思います。

ある日、同級生が万引きをする計画を立てているのをたまたま知った僕は、どうしても欲しかった手帳を一緒に盗んできてくれとお願いしました。(持ってたら格好良いからという理由。でも買うには高くて買えなかった)

同級生が万引きを決行した日、うまくいったようで誰にもバレなかったため、翌日に僕は念願の手帳をゲット出来たんです。

でも実はこの同級生は万引きの常習犯だったらしく、毎日のように色んなお店で万引きを繰り返していました。

どれぐらい盗んだのかは知りませんが、とある日にお店に万引きが見つかってしまったんです。

警察に補導されすべてを洗いざらい白状し、僕(の他にも10人ぐらいいた)たちのようについでにお願いした人の名前も全員警察や先生に言ったみたいでした。

放課後、部活に精を出していたところを僕は校長室に呼び出されました。その他の10人も一緒に呼ばれました。

先生たちにこっぴどく怒られるのはイヤだなぁと思いつつ校長室に入ると、呼び出された生徒全員の親が校長室に来ていたんです。もちろん僕の母親も…。

その時にやっと、事の重大さには気付きました。

この時に母親に怒られたのかどうかは実はほとんど記憶がありません。

母親にはもしかしたらメチャクチャ怒られたかもしれないし、何も言われなかったのかもしれない。

記憶があるのは泣きながら家に帰ったことと、「手帳が欲しかったんなら、ちゃんと言いなさい。」と言われたことだけ。(※後日、手帳を盗んだお店には個別に母親と謝りにいき、お金も母親に払ってもらいました。)

こういった出来事がとにかくたくさんあって、とにかく問題の多い息子だったわけです。

それでも親は全てを受け止めて、大切に育ててくれました。これだけ自分本位にやりたい放題やってきたにも関わらず。

これが無意識の内に、家族には自分本位で行動しても受け止めてもらえる!なんて思ってしまっているのかもしれません。

気を付けないといけないのは無意識で、ということ。

無意識レベルでのことなので、自分がそんなことを思っているとは一つも思っていません。

でもそうやって知らず知らずの内に、そんな考え方や意識も当たり前になっているんです。

20年も30年も続けた習慣

子供は成長していく過程で、親が全てを受け止めてくれるため、気付かないままに自分中心の考え方をたくさんするようになります。

そうやって義務教育を卒業し、高校や大学に進学したり就職したり、気付けば20年も30年も自分が中心の考えの生活をしているわけなので、それだけ続ければそれはもはや習慣です。

自分本位な考え方を持ってしまうことが特別でも例外でもなんでもなく、ほとんどの人はこういった習慣を一度は持ちます。

さらに、一度根付いた習慣を変えることってホントに大変です。

でも、やるのは大変だけど出来るようになった習慣を、やらない方が楽な習慣に切り替えることはメチャクチャ簡単なんです。

例えばダイエットのために筋トレを始めようと決意したとします。

筋トレも大変だけど数週間・数ヶ月を継続出来れば、習慣として根付かせることが出来るでしょう。

「筋トレをする」というのが大変だけど出来るようになった習慣のことで、「筋トレをしない日々=今までと同じ何十年も続けていた日々」がやらない方が楽な習慣です。

筋トレをする習慣を身に付けるには何日も何週間も必要なのに、やらない日々を習慣にするのは「やっぱやーめた!」と辞めてしまえば、一瞬でやらない方が楽な習慣の出来上がりです。

ではこれを、「自分本位の考え方の習慣」で当てはめてみたらどうなるか。

「相手のことを考えて行動すること」がやるのは大変だけど出来るようになる習慣だとすると、「自分本位の考え方=今までと同じ何十年も続けていた日々」はやらない方が楽な習慣ということ。

どちらの方が自分にとって楽で簡単な生き方かはわかりますよね。

しかも自分本位の考え方の習慣は生まれてからずーっと何十年と実践してきている、超が付くほどに年季の入った習慣です。

年季の入った習慣ほど、頭ではわかっているのに切り替えられないものなんです。

だから分かっているのに出来ないということ

・当たり前に気付こうと意識しない

・家族だからOKという自己都合で考えてしまう無意識の意識

自分本位に考える習慣

生活をするために働いてお金を稼ぐのは当たり前です。

生きるために食事を摂るのも当たり前ですよね。

夫婦になって家族になると、親に感じていたような「家族にはワガママOK」といった気持ちが無意識に芽生えていたり、自分を中心にした物事の考え方がどんどん出てきます。

中でも一番理解しておかないといけないことは、自分本位で考えることが当たり前の習慣であるという点。

これが一番楽で当たり前な習慣なので、なかなか頭ではわかっているのに出来ない原因です。

と言いながら、「当たり前が大切だ」ってみんな分かってます。

「家族だったら迷惑かけてもいいなんて思ってない!」と思ってるでしょう。

「自分中心にばっかり物事を考えてなんかない!」と思う人もでしょう。

でも、上記のことを意識して心がけている人で、結婚生活がうまくいかない、夫婦関係がおかしいなんて人を見たことも聞いたこともありません。

人間には頭と心があります。頭で理解するだけじゃなく最終的には心で理解しないといけません。

結婚生活のことについて

marrige

親と子供の話し、分かっているのに出来ない原因の話し、何となくでも理解してもらえたでしょう。

では今回の本題である結婚生活のことで、理解しておきたい2つのことをお話しします。

結婚生活は未知の体験であること

もし子供の頃の記憶が少なかったとしても、今あなたが大人になっているということは、親に育ててもらったのは間違いないでしょう。

親の子育てを自分が体験しているということですよね。

子供はいつか大きく成長し、親が今までしてくれていた当たり前が当たり前じゃなかったことに気付きます。

それを親には親孝行という形で恩返ししたり、自分に子供が出来たときに”子育て”を通して、体験したものを子供への愛情として実践していきます。

だから子育ては実践したことはなかったとしても未体験ではなく、必ずすべての人が一度経験しているんです。

では、結婚生活はどうでしょうか。

一番近くにいた自分の両親は夫婦であり、もちろんその姿をたくさん見てきたでしょう。

でも、それはあくまで見た学びでしかなく、子育てのように体験することは絶対に出来ません。(多大に影響を受けることはありますが)

結婚生活とは、誰しもが結婚してから初めて経験する未知の体験です。

初めてだからなかなかうまくいかない事って何度もありますよね。

小さい頃に挑戦した逆上がりも、初めて試してみた新しい仕事も、最初からうまくいくことよりも失敗して経験して、やっと出来るようになることの方が多かったはず。

一方で、やってみたら一発で逆上がりが出来る人もいれば、いきなり仕事の結果を残すような人もいます。

結婚生活もそこは同じなんです。

結婚生活がうまくいかないって、過去に体験したこともないことなんだから、始まりとしてはそれでも問題ないと理解できると思います。

結婚生活は何よりも長い

結婚して新しい家庭を持つと子供は親元を離れ自分たちで生活を始めます。(もちろんそうじゃない場合もありますが)

そうやって結婚生活が始まるわけですね。

子供が出来たとしても、やがてその子供も独り立ちし結婚し、自分の元からは旅立っていきます。

するとまた夫婦二人だけの生活が始まるわけです。

親と過ごす時間より自分の子供たちと過ごす時間より、一生の中で一番長い時間を過ごすのは自分のパートナーである旦那さんや奥さんです。

その一番長く過ごすはずの人と毎日笑顔で過ごせないことほど苦しいことがあるんでしょうか。

だからこそ今まで話してきたことを理解し、ほんの少しの努力と実践を行っていく必要があるということ

結婚生活とは、未知の体験を手探りで実践しないといけなくて、そして何よりも長い時間を一緒に過ごすことになります。

灯台下暗しとは良く言ったもので、近ければ近いほど、当たり前の出来事には気付くことが出来ません。

そしてワガママをワガママと気付かない心理状態になり、自分本位な考え方がどんどん表に出てきてしまいます。

そしていつしか「出来るようになる習慣=相手のことを考えて行動する」ことよりも、「やらない方が楽な習慣=自分を中心に考える」ことを選んでしまう人が後を絶たないわけです。

じゃあどうすればいいか?

やっぱり最初は無理してでも努力して実践するしかないのか?って思ってしまいそうになりますね。

努力しろ!と言う前に、一つ思い返してみてほしいことがあります。

それは結婚する前、旦那さんや奥さんと出会った頃の日々、お付き合いをした日々が必ずあるはずです。

その相手と出会った頃、付き合ったばかりの頃、結婚して気持ち新たに結婚生活をスタートさせた頃、その時は相手のことを考えて優先し、大切にしてきた過去がありませんか?

その当時、あなたが旦那さんや奥さんにしてきた行動には「思いやり」があったはずなんです。

相手のことを考えて大切にする行動、すなわち思いやりの行動とは、やるのは大変だけど出来るようになる習慣と例えてきました。

決心した瞬間の意識は高いので続けようという意思が働くものの、三日坊主という言葉があるように、自分が20年も30年もやってきた自分本位に考える習慣を変えることは並大抵ではありません。

少しずつ「相手のことを大切にしよう!」と決心した頃の意識は薄れ、長年居心地が良かった自分本位に考える習慣が顔を出してきて、思いやりの心が隠れてしまいます。

こんな風にして知らず知らずの内に、思いやりの心が消えていってしまうわけなんです。

回りくどい説明になったかもしれませんが、ここまで読んでくれている方がいるなら、今までのお話しには共感して頂ける部分があるんじゃないかと思います。

何十年もやってきた習慣を変えることは並大抵ではないと言いました。

本来ならばそうです。筋トレをしない普通の日々を、しんどいけど筋トレをする日々に変えるのは並大抵の意識じゃすぐ辞めてしまいます。

じゃあやっぱり夫婦関係や結婚生活をうまくいかせるためには、並大抵以上の努力が必要なのかと考えてしまいそうですが、夫婦関係や結婚生活における思いやりの心を持つ方法は、ほんの少しの努力と実践だけで出来ます。

最後にその方法をお話ししたいと思います。

ふとした時、ほんの少しの時間を見つけるだけで良い

relax

これが答えです。

何も出来ない、頭ではわかっているのに出来ない、習慣を変えられない。

もしそんな風に思っていても、毎日毎日忙しく過ごす日々の中で、ほんの少し一人の時間を見つけられれば大丈夫です。

その努力だけほんのちょこっとでいいのでして下さい。

でもここでは、その時間で

「夫婦の会話をちゃんとしよう」だとか、「お互いの意見を言い合おう」といったことを言うつもりはありません。

ほんの少しの時間の中でやってほしいことは1つだけです。

盲目の世界を考えてみる

僕はありがたいことに、五体満足に何不自由なく生きてくることが出来ています。

目で見たものを視覚的に綺麗だとか可愛いだとかが分かり、何不自由なく見える世界にいる僕が、目が見えない盲目の世界を言葉で説明することは出来ないでしょう。

盲目の世界を考えてみるとは、目が見えなくなった方が良いとか言いたいんじゃなく、その世界を非難するわけでもありません。

思いやりの心を思い出すための時間にしてほしいというだけです。

もし自分の目が見えなくなった時、一人で出歩くことも、一人で買い物に行くことも、一人で料理をすることも出来なくなります。

目が見えなくなると、容姿が格好良いだとか美人だとかも一切分からなくなるので、あの美人の女の子とご飯を食べに行きたい!という願望も、あんなにイケメンで格好良いあの男性とデートしてみたい!なんて想いも一切なくなるでしょう。

今まで見てきた綺麗な景色も昼と夜の明るさの違いも、視覚的には全て失われてしまいます。

でも、視覚的な景色が見えなくなった分、見えてくるのは心の景色なんじゃないかと。

目が見えなければ働くこともままならないはずなので、出来たとしても限られた仕事しか出来ずお金も稼げなくなった自分のために、毎日頑張って働いてくれる旦那さんに、

一人では買い物も料理も普通には出来なくなるでしょう。それでも自分のために毎日美味しい料理を作ってくれる奥さんに、

もし自分の目が見えなくなって、今できる当たり前が当たり前に出来なくなった世界を考えてみれば、感謝する気持ちやこみ上げてくる想いがあるでしょう。

もはや顔が格好良いから、可愛いからといった視覚的なことで判断するような基準は一切なくなるでしょう。

もしそれでも「俺は不自由してるから全てやってもらうことが当たり前だ!」なんて思うのなら、もう一度この記事を最初から読み直してください。

これを思い出すための「盲目の世界を考えてみる」であり、これを実践するために日々の中でほんの少しの時間を見つける努力をしてほしいんです。

最後に短くまとめ

長くなりましたが、これだけ長く書いてきたことをまとめてみたいと思います。

夫婦関係、結婚生活をしていく上で大切なことは「思いやり」です。

「思いやり」が大切であることは誰しもが分かっているはずなのに、どうして実践出来ないのか。

それは大人へと成長するまでの過程で、「自分本位の考え方」が習慣になっているから。

それが一番楽な習慣なので、思いやりを持って行動するという習慣を持つことはかなりのパワーがいる。

最初の頃は新しい習慣を身に付けようとするものの、楽な習慣に戻る方が何よりも簡単なので、みんなその習慣に戻ろうとしてしまう。

そして自分本位な行動が目立ってくる、の繰り返しです。

だから一度、ゆっくり出来る時間に盲目の世界を考えてみてください。

そうやって今までのことを振り返り、たくさんの小さなことに気付いていくことです。

そうすれば自然と思いやりの心を持って相手に接することが出来るようになっていると思いますよ。

最後の最後に僕の答えを

そんな思いを経験しながら結婚生活をするぐらいなら、初めから結婚なんてしなかったらいい!そうすれば常に自由でいられるしそっちの方が楽やん!

結婚しなかったら誰に迷惑かけることもないし、社会的に自分本位な行動だけしてるわけでもないし節度は守って生きてる!

実際それが一番良い生き方で、誰からも縛られない生き方じゃないか!

こんな風に思う人もいるでしょうし、確かに一理ありますね。

人それぞれが感じる意見については何一つ批判するつもりも、絶対結婚しなきゃいけないと推奨するつもりもありません。

ただ一つ言える僕からの答えは、

この想いに気付いてから、幸せ度は何百倍も膨らんだ

ということです。

僕は昔から、適度にスポーツが出来て、適度に勉強も出来て、適度に仕事も出来る人間だと思っていました。

そして適度に出来てしまう分うぬぼれが激しく、自分本位に生きるという考え方で心をわしづかみにされていました。

妻と出会い付き合っていた頃も、幾度となく自分を中心にした世界を展開していたんだろうなと今になれば思えます。

僕の心の真っ黒さが100だとすると、白い心を持っていた妻は僕の心に毎日毎日1ずつ白を加えてくれていたんですね。

いつしか白が100になると真っ黒からグレー色に変わります。

白が1,000、10,000になってくると黒はあったのか?と思うほどに白く変わりますよね。

僕の心はそうやって変わっていくことが出来ました。

白を分け与えてくれたからと言って、妻の白が減るなんてこともありません。

僕も白くなってきたので、お互いに白を分け与え合う日々といった感じです。

んー伝わるかなこの感じ。

短いようで長い一生の中で、同じ気持ちで過ごせる人が隣にいて、笑って毎日を過ごせることがどれだけ幸せであり、人生で最も大切なことの1つであることを日々感じています。

という僕が見つけた答えを付け加えておきます。

たくさんの人に届けばいいなと思ってますが、日本のどこかの悩んでいるだれか1人にでも伝わればいいなと思います。

スポンサーリンク

1 個のコメント

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。