これまでの人生を客観的に振り返ってみることにしました【20代中盤~】

どうもNon太(@LoveWifeLives)です。

プロフィールで書くと、めちゃくちゃ長くなってしまうので、2記事に分けて実際に自分が歩んできた人生を客観的に振り返っています。

幼少から20代前半まではこちら↓↓↓

今回は20代中盤からについても書いていきたいと思います。

スポンサーリンク

海外に行けば何か変わると思った20代中盤

以前に書いた通り、ネットワークビジネスを辞めた僕は、当時の借金を返済するために働くというサイクルで遊びにも行けない生活を1年ほどしていました。

そして、1年ぐらいが過ぎ22歳ぐらいの頃、たまたま見つけた求人で派遣社員でありながらも高給な時給の仕事を見つけました。

それから正社員となりさらに高給になったり、その会社が潰れたためまた派遣社員に戻ったり、言わばフリーターのようなものですが、給料は悪くなかったので借金は確実になくなっていきました。

24歳の頃には最終的に200万近く膨れ上がっていた借金は完済し、入った給料を全て自分のために使える生活がこんなにも楽なのかという気持ちとともに、遊びほうける生活をしていました。

でもいつしか派遣社員と言いつつフリーターのような生活にも飽きてしまい、またふと新たな考えが浮かんだのです。

海外で生活してみよう!と。

そうすれば何か変わる、なんて思ってました。

そこからは大体月15万円ぐらいは毎月貯めて、約8ヶ月程で100万円ちょっとぐらい貯めました。

それと同時に海外に関する情報を集め、色々なコミュニティーに顔を出してみたり(この時はまだミクシィが全盛期の時)、異文化交流という言う名のBBQ大会や飲み会に参加したりして情報を集めたのです。

そして決まった事は、

  1. 海が近くにあって、自然をいっぱい体感出来るところ
  2. ワーホリ(ワーキングホリデー)ビザがあるところ

です。

これだけでオーストラリアかニュージーランドにしようと考え、結局オーストラリアに決定しました。

ここからは早かったです。ワーホリビザの申請もすべての準備も、現地の情報収集も全て自分でしました。

余談ですが、今の妻と出会ったのはこのオーストラリア行きが決まっていながら飛び立つ1ヶ月前、2008年の8月でした。

その出会いなどの話しはまたいつか。

かくしてオーストラリアで生活する事が実現した僕は、学校に行ったり様々な国籍の人たちと遊んだり、ファームと言われる農園で働いたり、充実した毎日を送りました。

ちょこっとだけ皆さんにおすそ分け。僕のオーストラリアでの滞在時の写真です。

といった感じで、オーストラリアの滞在記もまたいつか、ということで1年間過ごしました。

幸い、日本人がゼロのバナナファームで働いていたので、メキメキと英語は上達しましたね。

あくまで僕の持論ですが、間違いなく英語が話したいなら習うより慣れろ!です。

このバナナ生活が楽しすぎて半年ぐらいいたのですが、日本人がいないわけで、週末はいつもみんなでパーティーをするわけですから、否が応でも外人と話をするわけです。

そんな時に引きこもったりアジア人とばかり固まってても仕方がない。

欧米人がたくさんいる輪の中に飛び込んで慣れるんです。

ちなみにエロは万国共通です。

もし各国の人と一気に仲良くなりたければ、ちょっとしたエロ話しを自分が知ってる英語で通じるか通じないかは気にせずにメチャクチャでもいいから話してみると良いですよ。

クリーンなエロが大事です。笑

僕もこのバナナファームで半年間働いて、その後もう一度学校に戻りましたが、何百倍もレベルが違うクラスに入れましたよ。というか一番上のクラス。

英語で感想や自分のおもう事を発言する事ばっかりの授業でさすがに苦労しましたが。

本当は2年間オーストラリアにいようと思ってましたが、今の妻とは1年で帰る約束でした。

もう1年いるとなると、もしかすると今の妻は僕の隣にいなかったかもしれません。

そう考えると、オーストラリアの生活はすごく懐かしくてまた行きたいなんて思いますが、妻がいてくれる事の方を選んでよかったなって思ってます。

スポンサーリンク

ブラック企業で勤めた5年

オーストラリアから帰ってきた後も、英語が話せたのに英語を使うような会社には勤めず、普通のサラリーマンをしてました。IT系の。

給料はそこまで悪くなかったものの、毎日毎日デスクワーク、ルーティーンワーク、これではダメだと思い、昔から一瞬は憧れたイベントの仕事はどうかと思い悩み始めました。

今思うとやっぱり英語の仕事をしておけば良かったなぁなんて思ったりもしますが…。

そして今の仕事を求人で見つけ、めでたく入社。

がむしゃらに働き続け、月間勤務時間が400時間を超すような生活が何度もありましたが、何とか身体だけは壊さずに生きながらえました。

その時の給料は手取りで25万円ぐらい。

残業チェッカーみたいなやつで計算してみたら、残業代は1,000万円を越えてました。笑

 

ここでは色々ありすぎて、とにかく働きまくった記憶しかありません。

結婚するまでの僕は徹夜になろうが、休みがなくなろうが、勉強だと思い会社に尽くし続けました。

なので、遠距離恋愛をしていた頃は1年に1回しか会えない年もありました。

ゴールデンウィークもお盆休みも年末年始も24時間365日の仕事漬け。

イヤな事はたくさん、でもそれと同等ぐらいに学ぶ事もあったんだなと思います。

パワーポイントやエクセルの触り方、請求書の流れ、経費の換算、1つの案件で様々な作業が発生し、自分ひとりでは到底出来なかった事を知ることが出来ました。

でも会社の待遇は変わらない、給料も変わって数千円、年間でも1万や2万円。

結局結婚してみると家計では贅沢もできず、好きなものも買えない。

そんな状況に矛盾を感じ始めました。

 

さらには、今まで取引していた担当者が昇進してどんどん登っていく。

メンバーを増やしてほしいと、じゃないと次の仕事のステップにいけないと、幾度となく社長に掛け合うも、「人一人入れるのにどれだけお金かかると思うねん?」の一点張りで変わらない。

このままだと、きっと自分の体が壊れて終わるだけだ…

そう感じて5年勤務の末、やっと退職に至りました。

 

退職後、失業保険をもらいながら新たな職場を見つけ、残業ゼロ(その代わり昇進もほぼないけど)、という超クリーンな会社に勤めるかたわら、ブログの執筆やサイト運営、アフィリエイトに精を出す毎日を過ごしています。

人生何が起こるか分からないから楽しいんだよね

振り返ると言いながら、かなり個人的な内容になりました。笑

でも、もし全部読んでくれた方がいるなら、僕の人となりはそれなりに分かってもらえるんじゃないかと思います。

これでもかなりはしょりましたが。

今後においては、とにかく

  1. 妻と子供を常に大切にする
  2. 家族と過ごす時間を出来る限りたくさん作る
  3. 感謝の気持ちをもって日々生活をする
  4. 中道の道が人の道、それを常に意識して行動をする

です。

要するに、独立をするために努力を惜しまない、そして人として魅力ある人間へと成長していくことを目指したいと思います。

まだまだ発展途上なこのブログですが、随時、色々なブログとともに陰ながら成果が出る事を応援してもらえると幸いです。

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

日本語が含まれない投稿はスルーされますのでご注意ください。(スパム対策)