プライベートも何もかも仕事で犠牲にしているんだから、せめて仕事では評価がほしいし肩書きもほしいという彼

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先日友人とご飯を食べに行きました。

その彼は至って普通なんですが、彼の会社の協力会社として働いている人(以下A君)が、こんなことを言っていると聞いたんです。

※Aさんはブラック企業に勤めています(と言うか、実は僕の後輩w)

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家族との旅行とか友達の結婚式とか全部キャンセルして全てのプライベートを犠牲にしてまで働いてるんやから、せめて仕事の評価は欲しい!

これを聞いた時、この気持ち、何となくじゃなくてなくものすごく分かると思いました。

僕が働いていた頃も、友達と遊ぶことも仕事終わりに飲みに行くなんて時間もゼロ。

LINEで遊びの誘いが来てても、どうせ行けないからって返信を怠ってたらいつの間にか誘われなくなって、いつしか誘ってくれる友達も減ったように感じる。

自分から誘う機会もないから、どんどん友達たちとも疎遠になってく… こんな悪循環で日々が過ぎていってました。

で、気付けば仕事しかしてなくて、自分の存在価値を感じられるのが仕事だけになって、やれ肩書きが大事だ!、俺はこれだけの仕事をしてきたんだぞー!すげーだろ!という認められたい欲で支配されるわけですよね。

実際当時の自分がまるっきりこんな気持ちになっていたとまでは思わないものの、その状況を抜け出せた今、気持ちの余裕って大切だなとしみじみ痛感するようになりました。

今日はそんな話し。

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人は認められたい生き物

誰だって生きているなら自分の存在価値は認められたいですよね。

もっと簡単に言えば、「死ね!」と言われるより、「ありがとう」と言われる毎日の方が良いですよね。「ありがとう」は自分が何かのアクションを起こさない限り受けられない言葉ですから。

プライベート(ここでは仕事以外全て)が全くない状況で、毎日毎日ただ働くだけ。A君はプライベートがないと言っていました。

ということは、Aさんにとって会社に行くことは、仕事でありながらも人生の大半を埋めつくしているものでもあります。

そんな日々が長く続いていると、寝る以外のすべての時間が仕事になっているわけで、仕事という環境しか存在しないのであればその中で認められたいと思うのは一般的な流れなのかなとも思うんです。

その考え方が正しいかどうかは別にして。

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会社に行くだけの毎日を生きると視野が狭くなる

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これはあくまで僕自身が思うことです。

毎日をただただ会社で働く生活をしていると、顔を合わせるのは社内の数人かスタッフぐらい。

朝から終電まで働くとなると、仕事が終わってどこかに出かけることもないし、ただ家に帰るだけ。

家に帰っても疲れ果ててるので、テレビを見ることもなくニュースを目にすることもなくただ寝るだけ。これでは新しい情報も刺激的な発想にも触れる機会がありません。

狭い世界だけで生活してしまうことになるので、自分の視野はどんどん狭くなるし、考え方も冷凍庫に長年入れられたアイスクリームぐらいカッチカチになって人の意見なんて全然取り入れられなくなってきます。

視野が狭く思考も凝り固まった状態で、仕事で良いパフォーマンスを発揮することなんて出来るわけがないですよね。

だからこそその環境から飛び出る勇気を持とう!という話しになるのですが、視野が狭く凝り固まった考え方になっているので、なかなかそこから抜け出そうとも思えず堂々巡りをしてしまうんです。

だからまずは心の拠り所を見つけよう!

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僕の友人にサッカーが大好きな人がいます。

僕が先ほど例に挙げたのと同じように、仕事が忙しすぎてサッカーが出来るヒマがないほどに毎日仕事付けの生活を送ってたんだとか。

いつしかサッカーのことなんて頭から消えていました。

そして気付けば友人は体を壊し、ベッドから一時期起き上がれなくなるほどに病んだんだそうです。いわゆるうつ病です。

でも、友人のこの病を治してくれたのもサッカーでした。

仕事をしている間は全然誘ってくれなくなっていた友達が、どこからか仕事を辞めたことを聞きつけて、またサッカーに誘ってくれるようになったんだそうです。

サッカーという拠り所をみつけた友人は、今では毎週末の頻度でサッカーを楽しんでいるそうです。

人によってはワークライフバランスと言ったりするかもしれませんが、仕事にだけ比重が乗りすぎていた友人も、仕事と心のよりどころとして夢中になれるサッカーとのバランスがうまく保てるようになったんでしょうね。

僕の場合は妻だった

どちらかと言うと僕は意志は強い方だと思うし、何か問題があっても自己解決でどんどん進んでいけるタイプです。

樹齢何百年という極太の木は1日斧を振るだけでは倒せませんが、何日も何日も降り続ければいつか倒れますよね。

これと同じように、どれだけ打たれ強くて意志が強い人でも長く戦い続けていると、いつかポキッと心が折れそうになることがあるはずです。

僕も時たま全て投げ出したくなることもあったし、逃げたくなることもありました。

そんな時に僕の心の拠り所にさせてくれたのは当時の彼女でした。今の妻です。

「もう限界かも…」と言うと、時には「頑張れ!」と鼓舞してくれたり、時には「Non太はどこにいってもうまくやっていけるはずだから、もうゆっくりしてくれてもいいよ」なんて言ってくれたり。

視野が狭く凝り固まった思考を広げてくれたり、必要な時には応援してくれたり。それでも大変なことはたくさんあったけど、妻がいなかったらヤバかっただろうなということだけは間違いありません。

僕で言うと、ワークライフワイフバランスがうまくいっていたのかなと。

どれが自分にとって幸せか、吟味して行動すればいい / まとめ

冒頭に出てきたA君の話しに明確な答えはありません。

A君にとっては仕事で評価されることで幸せを感じるのかもしれないし、ホントは社外の世界も見たいけど仕事があるから見れなくて、だから仕事で評価されたいと思ってるのかもしれません。

どれが自分にとってベストな選択かは自分自身にしか分からないでしょう。

僕はブラック企業を辞めたことで、給料は減り自由に使えるお金は減りました。その代わり落ち着いた生活をすることが出来るようになり、妻とゆっくり話す時間も一緒に出かける時間も出来たんです。

で、どっちが良かったか?といわれると完全に後者です。

でもこう言えるのは、その世界を体験してやっと気付けたものでした。気付けたというか、知ることが出来たと言った方がしっくりきますかね。

もちろんそれまでにもワークライフバランスが大切だとか、夫婦関係はうまくやっていくべきだとか見たり聞いたりしてきたことはあります。

でも、実際に体験していないので知らないんですよね。

北海道に旅行に行ったことのない人が、北海道の素晴らしさを語れと言われても、写真で見たり記事を読んだり結局はにわかなことしか語れませんよね。それと同じです。

社内鎖国のように会社という世界の毎日が続き、だからせめて社内での肩書きや認められたいという願望があると自覚できているなら、1度それに代わるものがあるのか考えてみることをおすすめします!

きっと、あの時1度立ち止まって考えて良かったと思う日が来るはずです!

そして吟味出来たなら、後は体験するために行動してみればいいんですよね。

仕事をいきなりポッと辞めても、選り好みしなければ仕事なんていくらでもあります。

現に僕は無計画に辞めてしまいましたが、新しい仕事が見つかってますし。

後輩であるA君が、もう少し落ち着いて考える日がくればいいなと思っています。

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