「資料を作ったこと」がすごいのか? サラリーマンが陥りがちな気を付けたい話し

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どうもNon太(@LoveWifeLives)です。

久々にパワーポイントを使ってプレゼン資料を作りました。

会社員時代には毎日のようにパワポを駆使し、エクセルで数字をまとめパソコンとにらめっこする日々が多かったです。

感覚としては気付いているものの、言葉にしてみることで改めて分かることがあると思いますが、作った資料がすごいのか作った資料を生かしたことがすごいのか、この差をちゃんと理解しておくことってメチャクチャ大事だと思い返しました。

特にサラリーマン時代、思い返してみると思い当たる節がいくらでもあったので、自分の戒めのためにも書いておきたいと思います。

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作ればOKの会社員時代

僕は以前イベントの仕事をしていたのですが、このイベントの仕事、良くも悪くも古き良き時代の名残がメチャクチャ残ってます。

そして無駄に打ち合わせがわんさかあります。最終的にはやれ企画書だ、推進書だ、マニュアルだと言われます。

しかも本番当日には100Pある内の2Pぐらいしか重要なことが書いていないこともザラにあります。

でも作ったからと何十万円の資料作成費が上乗せられるんです。

そして報告書なるものもありました。

確かにマーケティングの一つとして、イベントを行った後に報告書を作成し良かった点やウィークポイントを見つけていくことは大切な作業です。

でもこの報告書作成で大切だったのは、どれだけ素晴らしい見栄えの資料を作成出来たかどうかだけで、本当にその資料がビジネスの改善につながるかどうかは関係なかったんです。

イベント本番で何かをサンプリングするとなった時、目標が1万個配布と言われていたイベントで5,000個しか配れなかったなんてザラにあるわけですよ。

人通りの関係もそうだし、外だと天候や気温によってもサンプリングの効率って大きく変わるからです。

でもその事実(目標の半分しか配れていない事)を言うと次回の仕事がなくなってしまうから1万個配ったことにして、1万個配った報告書を作成するわけです。

配れなかった5,000個は破棄したりみんなで持って帰ったり。(全部のイベントがこの限りではないですよ。)

そんなウソの上に作られた資料がビジネスの改善に役立つ確率は、事実を伝えて改善して行くことに比べれば明らかに劣りますよね。

そして報告書をもらった側は、まさかウソを付かれてるとは思ってないので(思ってたとしても自分の責任にならないから見過ごし)、そのデータをもとに仕事を進めていくわけです。

活かせる資料が出来ているかではなく、資料を作った資料を作って提出したことが仕事をしている人と言われる会社員時代でした。

恐らくこういう人もこんな考えの人もメチャクチャ多いと思います。

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作っただけでは何も変わらない自営業

自営業でやるということは、全ての責任が自分です。

どれだけ見栄えが素晴らしい資料を作ったとしても、その資料自体がお金を生むことはありません。結果が出ない資料には何の価値もないんです。

会社員の人にとっては資料を作って提出することが大切ですから、いかに忙しいだとか時間をかけているフリをしながら、資料を作ってますよアピールに精を出します。

一方自営業となると、その資料にどれだけの時間をかけたのかも、どれだけ綺麗な資料なのかもほとんど意味を成しません。(もしかしたらデザイナー的な立ち位置で話しがくるかもしれませんが)

むしろ誰も褒めてくれませんし、褒めてくれたところで生活が出来るようになるわけでもありません。

その資料がちゃんと活かせるものであることが認められなければ、何もならないんです。

それが分かってるのに、無駄な時間を費やすわけがないですよね。

ついついサラリーマン時代の気持ちが残ってむやみと時間をかけてしまいがちになりますが…。

もちろんdisりたいわけでもありませんし、全ての人がそうだったと言いたいわけじゃなく、自分自身がそうだったところもあるので、サラリーマンにはそういう傾向の人が多かったと言いたいだけです。

実際にやってみれば分かる!

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自分のことを例に挙げると、一つのイベントが終わって報告書を作成するとなると、とりあえず結果の集計があります。

昨年比や時間帯別比較、エリア比較など様々な観点から数字をはじき出します。

その比較で出た数値のデータから、改善点や今後のビジョンを書いていくわけです。もちろんごまかした数字上から。

でもこれで良かったんです。実際の結果はともかくとして、むしろ昨年比で数値が上昇していることが目で見て分かるのが一番OKでした。

取引先の担当者も提出先は社内の上司などです。その上司もさらに上司へと提出していくわけです。

だから言い訳のように言葉に表現しないと分からないようなデータよりも、数値が目で見て分かって上昇している数字を作り出すことが最善策であり、相手も求めているデータだったわけです。

完全に「見栄えが素晴らしい資料を作ること」が大切なことになっていると分かりますよね。

僕自身がやりたくないと思っても、それを無視して提出すれば、会社をクビにされるか会社自体が潰れるか、だったので、従わざるを得ないわけです。

結局、サラリーマン時代は責任から逃れられます。

完全歩合の営業じゃない限り、失敗したからと言って給料がゼロになるわけでもないし、殺されるわけでもありません。

仮に会社が潰れてしまっても、転職活動は必要になっても会社の借金を肩代わりする必要などは一切ないわけです。

それがもし自営業で全て自分に跳ね返ってくることだとしたら…?

死活問題ということです。実際にやってみれば分かりますよ!

自営業は自由だなどと言いますが、自由の大変さが分かると思います。

そんな意識を持ったサラリーマンは強いと思う

僕が言いたいことは、サラリーマンをdisることでも自営業が苦しいことでもありません。

今の道を選んだのは僕自身なので、僕は僕のフリーの道を頑張ります。

サラリーマンでやっている人には、「資料を提出したことに意義がある意識」から、「活かせる本当の資料を作っていく意識」に変わるだけで、仕事の質も成果もものすごく変わるんじゃないかと言いたいわけです。

僕自身、この違和感に打ち勝とうと必要ない資料も勝手に付けて提出することは多々ありました。

ごまかした数字ばかりで提出された報告書Aとともに、違う視点からにわかに報告書の数字を否定して改善案が書かれた資料Bを提出してみるといった風に。

活用するかどうかは提出先の人たち次第でしたが、ないよりはあった方が相手にとっていいだろうという気持ちで出してました。

「余計な資料はいらんで!」とも良く言われましたが…。笑

この視点に気を付けて取り組むだけでも、今までとは大きく変わると思います。

資料を作ったことがすごい意識から抜け出そう! / まとめ

今回自分がパワポで32ページにもなる資料を3日程かけて作成しました。

メチャクチャ仕事した気分になってしまいましたが、そこには何もまだ生まれていないことに気付いたわけです。この資料が活かせられないと意味がないことに。

今回は、資料を作ったことに満足しそうになる自分がいたので、その戒めのために記事にしたまでです。

思い当たる人もたくさんいると思われますので、ぜひ思い直して、資料を作るならばちゃんと活かせる資料作りを心がけていきたいものですね。

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