結婚して出来なくなることはたくさんあるけど、それは妥協じゃなくて新しいものを形作るための始まり!

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結婚して良かったか?と聞かれれば、もちろん「良かった」と答える自信のあるNon太(@LoveWifeLives)です。

とは言いつつも、1人で好きなように生活していた頃に比べると、結婚してからは自分の行動にたくさんの制約が出てきてしまったのも事実としてあります。

一人じゃなく二人で生活するわけなので当たり前といえば当たり前なのかもしれませんが…。

よく例として挙げられるのはお金の使い道かもしれません。

独り身の時は、自分で稼いだお金は貯金しようが服を買おうが好きなように使ってよかったのに、結婚してからはいつの間にか自分が使えるお金はお小遣い制で制限され、今までの1/10ぐらいになってしまう人もいるんじゃないかと思います。(あくまで僕の場合はそう)

飲みに行くことや遊びに行くことだって同じですよね。

一人暮らしをしていたならなおさら、誰に気を遣うでもなく好きな時間に出ていっても帰ってきても怒る人はいないし自由です。

でもそれを結婚生活の中でやってしまうと…毎日のように飲み歩いて夜中に帰ってくるようでは、まぁ相手はいい気分はしないでしょう。

結婚したことで新たなことに気付きたくさんのことを学び、一人の時では感じられなかった幸せも共有しているにも関わらず、こんな風に世の中でフォーカスされるのは「結婚して出来なくなったこと」ばかり。

結婚して出来なくなることはたくさんあるのは事実ですが、それは妥協じゃないよというお話しをしてみたいと思います。

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「結婚したら出来ないことが増えるだろう」という考えを持っていた当時の僕

僕が結婚する前の頃、考え方は完全に「結婚したら出来ない事が増えるだろうな」という考えを持っていました。

Non太
結婚したら出来ひんこといっぱいあるよなー。

結婚したいし子供もほしいと思うけど、正直今みたいに気軽に何でも行動出来なくなるのはイヤやなぁ…

こんな風に。

その一番の原因は、「2年行こうと思っていた海外留学を1年で辞めたから」じゃないかと自分なりには考えています。

僕のブログを読んでくれている人はたまに話題に出すので知ってるかもしれませんが、僕は1年間ワーキングホリデーでオーストラリアに滞在していたことがあります。

その時から今の妻とは付き合っていたのですが、行く当初からオーストラリアでは最終的に2年間滞在するつもりでいました。(でも妻にはそのことを告げてなかった)

そして自分が予想していた以上に、オーストラリア生活はメチャクチャ楽しくてネイティブとも話しまくりで英語もメキメキ上達して、10ヶ月ぐらいが経った頃にはスタバで数時間、普通に英語で談笑が出来る程になったんです。

英語が話せるようになると世界が変わるっていうのはホントのところで、中国や韓国、ヨーロッパではフランスやイタリア、珍しい国ではギリシャとかサウジアラビアなど、とにかく世界各国の人たちと母国語を使わない英語のコミュニケーションで自国との文化の違いを話したり、自分の知らない世界をイヤと言うほど感じられるようになります。

そんな毎日が面白くないわけがなかったんです。

英語が話せなかった最初の数ヶ月はこんなことも感じられないままに過ごしてしまいましたが、2年目はこの体験を1年間フルに感じながら生活出来るんだと想像すれば、それはそれは楽しみで仕方ありませんでした。

オーストラリアのワーキングホリデーは特別仕様で、通常各国のワーキングホリデービザの期間は1年なのに、1年目のオーストラリア滞在中にファーム(農場)の仕事を3ヶ月すれば2年目のセカンドビザを取得することが出来る制度になっていました。

バナナのファームで働いていた頃

バナナのファームで働いていた頃

1年目にファームの仕事も5ヶ月ほどしていたので申請をするための条件はクリアしていたものの、結局申請をすることなくオーストラリアには1年しか行きませんでした。

詳しい話しは割愛しますが、自分がオーストラリアに行くことを決め全ての手配を終えた後に妻と出会い、付き合い始めて1ヶ月後には日本を出国。

そんな状況でも1年間待つと言ってくれた妻(当時は彼女)を日本に置いて自分は海外生活を満喫。

(もちろん毎日携帯でメールが送れるので連絡は取ってましたし、格安の国際電話が出来るので数日に1回は僕が電話したりもしてました)

そして1年後に日本に帰国。

自分の中では1ヶ月後にまた旅立とうと思ってました。

でもそんなことは一つも妻には伝えていなかったし、やっと帰ってきてくれたというはずがまたさらに1年いなくなるなんて考えられない、と感じるであろうことは容易に想像出来ました。

なのでどうやって切り出そうかと悩みましたが、悩んでも仕方がないので妻にそれとなく切り出して聞きました。

Non太
もし俺がもう1年オーストラリアに行くって言ったらどうする?
えっ…?

もう絶句でしたね。

「えっ…?」の後の言葉が続かない、というより言葉が見つからなかったのかもしれません。

そしてしばらくの沈黙の後、

ごめん…さらに1年は待てない…かな

と言われました。

付き合って1ヶ月で1年間待って、帰ってきたと思えばまた1ヶ月後にまた1年行ってくるなんて尋常じゃないですよね。

当時の僕は「1年でさえ待ってくれる人なんてそうそういないよな」という気持ちを持ちながらも、「付き合ってなかったら自由に行けたのにな」という気持ちが交錯してました。

最終的に2年目のオーストラリア滞在は断念したわけですが…。

が、妻に面と向かって口には出さないものの、やっぱり心のどこかで「あーやっぱり行っといた方が良かったかなぁ…」なんて思うこともしばしばありました。

恐らくこの出来事が余計に、結婚したらたくさんのことを諦めて断念しないといけないと思ってしまう要因になっていたんじゃないかと思います。

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「結婚したら出来ないことが増えるのは仕方がないこと」と考えていた当時の僕

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それから色々とありながらも無事に僕は結婚し妻と楽しい日々を送れているわけですが、結婚した始めの頃は楽しいものの、使えるお金が少ない、休みの日に自分の好きな事をして自由に満喫できないと感じることもありました。

結婚に後悔はないけど、やっぱり出来なくなることって多いよな」と。

「将来のために貯金しとかないとダメでしょ!」と言われても、「貯金だけじゃなくて投資の意味合いで…」なんて論破しようとすると言い合いになる可能性があるので、大人しくお小遣い制にした分月に使えるお金はグッと減りました。

仕事がハードだったのでたまにの休みは出来れば一日寝てたいと思っても、仕事の日の大半は日付が変わってから帰ることも多く、家では常に一人ぼっちにしてしまっているので、休みの日にはどこかに遊びに行こうとなります。

妻のことは大好きだったし一緒にいて楽しかったので、そんな風に思ってもそこまで苦しくなることなくいられましたが、その当時に夫婦関係があまりうまくいっていない関係だったら…と考えると、もっと言い合いが続いていたのかもしれません。

とにかく結婚してから使えるお金は激減して好きなように使えなくなったし、好き勝手に遊びにいけなくなったし、「結婚したら出来ないことが増えるのは仕方がない、そういうもんやんな」という感覚がありました。

自分のことを振り返り始めて変わっていった僕の考え

結婚する前から働いていた職場は、結婚してからも何も変わらずブラック企業としての体制を突き進んでいました。

帰ってくるのは毎日夜遅く、週の半分以上は夜中の2時や3時(会社でレンタルしてる車があるので通勤は車で出来た)、リアルに年間の休日は20~30日ぐらい、土日休みの連休は1年に1度取れれば素晴らしいという、ブラック街道まっしぐらの企業で働いていました。

で、ふと思いました。

Non太
これはいつか自分が死んでしまうんじゃないか…

死ななかったとしても、この生活から抜け出せる日はいつ来るねん?

と。

考えてみてもグチしか出ない毎日の生活で、やっぱこのままじゃあかんわと。

この時ぐらいでしょうか、自分が会社を辞めることを考えると同時に、辞めたら生活がどうなるのかを考え、今までのことを良く振り返るようになりました。

結婚して以来、僕の仕事のせいで帰ってくるのがいつも遅かったにも関わらず、レンジでチンして食べるご飯じゃなく、出来立てのご飯を妻は毎日用意してくれていたこと。

掃除洗濯はもちろん、家の一切の家事を任せていたこと。(僕がやるのは風呂掃除だけ)

仕事についても、「帰ってくるのが遅くて残業代が出ない会社なんて辞めて転職しろ!」や、「お金なくなったら困るから絶対辞めるな!」なんてことは一言も言わず、僕の思うように仕事に対する考えを尊重してくれていたこと。

気付いたことは「俺だけじゃないやん」ということでした。

パートをしながら家事も全てこなしてやってくれて、自分が結婚して使えなくなったと思っていた以上に、むしろ妻の方が使える時間もお金も減っていることに気付きました。

ここでやっと僕がいつも口に出していることですが、自分本位な考え方をしていたことに自分自身気付けたんだと思います。

※もちろんもっと前から思うことはあったし無意識に考えてることもありましたが、今振り返ってみるとこんな感じだったと思うというものです。

そして僕はLove Wife Lifeという夫婦関係をテーマにしたブログを始めました。

基本的に自分の実体験や思ったことでしかお話しは出来ないと思っているので、必然的に今まで以上に思い返したり考えるクセが付きました。

そしてその分、自分のことに目を向けるだけじゃなく相手のこと、ことさら妻のことを考えるようになったんです。

こうやって考えていくたびに、僕の「結婚したら妥協しないといけない」という考えはいつしかどこかに消え、その代わりに「めっちゃ色んなことが新しく体験出来てるやん!」になりました。

「出来なくなること=妥協」と呼ぶなら、「出来るようになること=???」

人の不幸は蜜の味と言う言葉がありますが、テレビで視聴率が取れるのもみんなの噂話で盛り上がるのも、うまくいっていることじゃなくてうまくいかなくなることを話題にした時です。

結婚してあれもこれも出来なくなった、そして不幸のどん底に…やがて離婚!みたいなストーリーは、人が噂で話すには十分すぎるぐらいのネタです。

そうやって結婚すると出来なくなることがたくさんある=妥協という基本的な考え方が醸成されていくわけですが、「結婚して出来るようになること」は一体どこにいってしまったんでしょうか。

  • 心の安心が得られる
  • ご飯をいつも一緒に食べられるパートナーが出来る
  • 家族が増える喜びを感じられる(子供が出来たり)etc

結婚して出来なくなることはもちろんたくさんありますが、結婚して得られるもの、出来るようになるものに目を向けてみるとそれもたくさんあることに気付くはずです。

簡単な原理としては、ジュースを買おうと思ったら120円が必要ですよね。

お金を払わずにジュースだけ欲しいと思っても、ジュースは手に入れられません。

でも120円を払って手に入れたジュースを飲んだ後、美味しいと感じることが出来ますよね。

結婚生活も原理は同じ。

独身時代の今までと同じ生活基準を持ったまま、2人が一緒に生活しようと思っても到底うまくいくわけがありません。

でも、全て捨てろとは言わないものの、今までの自分基準の生活を改善して、夫婦二人で形作っていく生活が出来れば新たな発見や気付きのある日々が過ごせるわけです。

出来なくなったことだけを考えるから妥協と感じてしまうわけで、出来ること、出来るようになることを考えれば、新しいものを形作っていく始めりのための一つの選択だったと思えるんじゃないでしょうか。

結婚は妥協じゃない / まとめ

結婚して出来るようになったことに目を向けた時、「自分は幸せだ」とつくづく思いました。

そして妻との新たな発見、妻の色んな優しさに触れられていることに気付くたび、妻へはもちろん人に対して優しくなれるようになった気がします。

さらには、こうやって自分自身の気持ちが変わっていったんなら、同じようにたくさんの人もそう思える人がいるだろうと考えるようになりました。

そして今こうやって記事を書いているわけです。

そうやって人に優しくいられる社会がもっともっと出来ていけばいいなぁなんて思ったりもします。

「結婚したからこそ出来るもの」というものにも目を向けて、もっともっと人に優しくいられるようになりたいと思う今日この頃です。

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