【副鼻腔炎(前頭洞炎)手術体験記】入院6日目。辛い時こそ感謝の気持ちを持っていなきゃと実感した日

どうもNon太(@LoveWifeLives)です。

副鼻腔炎(前頭洞炎)の手術を経験したので、その時の状況を綴る体験記を書いています。

この記事は入院してから6日目のこと。手術を終えてからはすでに5日が経過した日のお話しです。

ちょうどこの日は日曜日で、主治医の診察もないし症状が悪化しているわけでもなかったので、特に何も変化のない日でもありました。

なので、僕がたまたまデイルーム(入院患者とお見舞いの方が出入りできて談笑できるスペース)にいた時に目撃したお話しをしたいと思います。

ここで思ったのは、つらい時こそ感謝の気持ちを持って日々を過ごさないといけないなということです。

スポンサーリンク

手術を受けることが決まっていた家族と看護師さんの会話

s-IMG_0540

この日の夕方、僕が一人でデイルームに座りながらスマホをいじっていると、父・母・娘・娘の旦那さんの4人がデイルームに現れました。

その家族を看護師さんが引率しています。そして僕が座っているテーブルの隣に腰掛けました。

この時は特に気にも止めなかったのですが、看護師さんの言葉を聞き流してると、どうやら今日から入院で今後手術をすることが決まっているような会話が聞こえてきました。

そしてその当事者(手術を受ける人)はお母さんで、すでに両目とも見えにくくなっていて、片目はもはやほとんど明かりが点いているか点いていないかぐらいしか感知できない程だったみたいです。

 

手術では万が一の事態を回避するために、色々なことを病院側から根掘り葉掘り聞かれます。

過去に手術をした経歴はもちろんのこと、飲んでいる薬や現在の症状について、身長や体重、便がちゃんと出ているかどうかなどまで詳しく聞かれます。

万が一があってはいけないので、恥ずかしい話しをしないといけないこともありますし、そうやって質問されるのは仕方がありません。

看護師さんも横柄な態度なんて微塵もなく、僕が聞いてても言葉を選びながら気遣いながら話しているのが分かるぐらいに丁寧に話していました。

 

でも、そのお母さんは違いました。

なんでそんな質問に答えなあかんの?

だから片目はほとんど見えへんってさっきも言ったやないの!

といった罵声にも聞こえるお母さんの大きな声がデイルームに響き渡ります。

家族の誰もそれを指摘しませんし、むしろ便乗して「そんな質問するなや!」的な雰囲気すらありました。

それでも看護師さんは落ち着いて、なだめるように受け流すように対応していました。

この態度がぶっきらぼうに映ったのかもしれませんし家族に取ってはそれが気に食わなかったのかもしれません。

 

看護師

もし何か困ったことがあれば、すぐにボタンを押して看護師を呼んでもらって大丈夫なので、気にせずに呼んでくださいね

家族に向けての説明をしている中で、看護師さんがこの言葉を発しました。

すると、この言葉を聞いてか娘の旦那さんがキレ始めました。

娘の旦那さん

あのよー。俺も昔入院したことがあるんやけどさ、ナースコール押しても全然部屋に来んくて放置されたことがあるんや。

娘の旦那さん

今回は目の手術をするって大変なことやろ?それでもし放置されたらどうしたらええねん?

娘の旦那さん

この病院がどうかは知らんけど、今回もほったらかしにされたらどないしてくれんねん?

と、どうしようもない言葉を口にしていました。

すると、看護師さんはこんな風に答えていました。

看護師

昼間はほぼそういう事はないと思うんですけど、もし夜間で人数が少ない時に呼び出しが重なると、少し待ってもらわないといけないことがあるかもしれません…。

看護師

出来る限りそのようなことがないように対応しますが、状況によって変わってしまう点はご理解頂きたいのですが。

至極まともな回答です。

 

もちろんこの後は堂々巡りの話しになり、娘の旦那さんが「まぁ、もうええわ」と言って終止符が打たれました。

スポンサーリンク

「お客様は神様」的思考

病院からすると、患者さんはお客様です。

でも僕の目には、このお母さんやその家族が、

  • 治してもらった当たり前
  • 自分達の最も都合の良いように病院側が対応するべき

そんな風に思っているようにしか見えませんでした。

 

手術を考えると怖くなってしまうかもしれません。

僕も脳みそ付近の骨を削る手術をしたわけなのでその気持ちが分からなくもないです。

万に一つもないと言えど、もし失敗したら…なんて考えてしまう人もいるでしょう。

目の手術をするとなると、なおさら失敗して全く見えなくなったら…そう考えてしまって、ついつい心に余裕が持てなくなってしまう気持ちも分かります。

でも、それとこれとは別の話しで、「私は患者なんだから、お金を払うのもこっちなんだから、なに不自由なく対応するべき」といった「お客様は神様」的思考は、いついかなる時でも取っ払わないといけませんよね。

手術が成功しても感謝の想いは一時的なもので終わる

残念な話しですが、考え方の習慣は根強く簡単には変えることが出来ません。

恐らくこのお母さんは、手術がうまくいって目が見えるようになれば、手術をしてくれた先生に「ありがとう!見えるようになったよ!」と感謝の想いが芽生えることでしょう。

でも、それは一時的な瞬間的な感謝の想いで終わるんだと思います。

なぜなら、「お客様は神様」的思考を持っている人だからです。

自分さえ良ければ、他は差し置いてもとにかく自分が良ければ!というような視点で考えていなければ、看護師さんにあんな態度を取ることはないはずです。

積もり積もった考え方の根底がこのような習慣で出来ているなら、退院すればまたすぐに忘れてしまい感謝の気持ちはなくなってしまうんだと思います。

こういう大きな出来事(大病をするとか、手術をするとか)がキッカケで色んな想いに気付く人もいるはずですが、自分自身で思い改め気付いていかないと変えていくことは出来ません。

心に余裕があれば、そんなこともなかったんだろうとも思うけど

s-sleeping-dog

もしこの家族の中で誰か一人でも、例えばお父さんがどしーんと構えて、「大丈夫!しっかり先生に任せておけば大丈夫だから!しっかり治していこう!」なんて言葉があれば、違う方向に進んでいたのかもしれません。

もしかするとお金の意識にとらわれて金銭的に余裕がなくて大変な時に、さらに手術で大金が必要になってしまって、心に余裕を持てなくなっていたのかもしれません。(あくまで想像です)

でも一つ言えるのは、心に余裕を持てていれば、この家族のように暴言を吐いてしまったり相手のことを考えない態度を取ることはなかったんじゃないのかなと思うんです。

 

ここですぐにお金さえあれば心に余裕が…という人は、もう少し考え方を変えていかないといけません。

 

確かにお金があれば心に余裕が生まれます。

毎月収入が100万円ある人が手術で50万円必要と言われても、「まぁ仕方ないよね」で済むでしょう。

でも、毎月10万円しか収入のない人が手術で50万円払ってくださいと言われてしまうと、「いや、そんな大金ないしどうしたらいいねん!」と余裕を持って対応することは難しいでしょうから。

 

この気持ちはよーく分かります。

僕自身も収入が良かった仕事を辞めてしまって(超ブラック企業だったけど)、その当時のように贅沢出来るような状況ではなくなった身ですから。

むしろ毎月どうやって節約しようかと考えまくってますから。

 

想像の域は出ない話ではありますが、この家族のようなタイプは、例えお金があったとしてもイライラして人に対して横柄な態度を取ってしまうと思うんですよね。

なぜなら、自分さえ良ければ的な思考がまず大前提にあるからです。

本当の意味で心が穏やかになっていないと、余裕を持つことは難しいと感じます。

感謝の気持ちの目線を持って過ごすと、穏やかに生きられる

s-present-gift

この場面に出くわしたからと言って、この家族に何かを言うことは出来ませんでしたので、「無事にお母さんの手術がうまくいって明るい想いになりますように」と心の中で願っておきました。

そして僕は自分が入院生活をしている中で、もっと感謝の気持ちを持って生活していかなきゃと思い至ったわけです。

看護師さんはもちろん、いつも掃除してくれているおばちゃんや配膳をしてくれる方たちなど、たくさんの人が入院生活が快適に出来るようにしてくれていました。

そして毎度心配してお見舞いに来てくれる妻や親にも、ありがたいなぁと思ったわけです。

 

人間は生きているだけで色々な体験をします。

普通に生きているだけのはずなのに、どうしてこんな理不尽なことが起こるんだろう?と思わずにはいられないようなことが頻繁に起こりますよね。

でも、それはマイナスの面ばっかりを見ているから。

最初は難しいかもしれないけど、ありがたいなと思えるプラスの面だけを見てみると、世の中感謝の事ばかりだと実感できます。

そして感謝の気持ちを前提に持って行動をしていると、ホントに不思議なほどに人に優しくなれるし、物事がスムーズに運んでいくことにも気付きます。

先程の例のように、お金がなくて〇〇が出来ない…と思ってたとしても、節約を強いられる生活だったとしても、むしろ不自由なくご飯を食べられる生活が出来ていることが、すでに感謝すべきものであることに気付いていくわけです。

 

手術をして何十万円というお金を僕も払いました。病気を治すためには必要なお金なだったので、大金と言えど必要な出費です。

でも病気を治してもらうだけじゃなく、この出来事はお金を払うとともにちょっとした心の勉強も出来たなと思えた瞬間でした。

ビジネスの勉強も大切ですが、心の勉強はもっともっと大切だと痛感した入院6日目になりました。

感謝の気持ちを思い返しながら、この日も夜は更けていきました。

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

日本語が含まれない投稿はスルーされますのでご注意ください。(スパム対策)